源平合戦は面白い
年々、歴史好きが減っているように感じていますが、近年は歴女と呼ばれる人々が出てきて喜ばしい限りです。しかし、歴女たちが追いかけているのは、戦国時代がメインというからもったいない。戦国時代は確かに面白いのですが、日本で始めての幕府を開くに至った源平合戦も面白いに決まっているじゃないですか。
冷静に考えて、今からざっと400年前に関ケ原の戦いがありましたが、さらにその400年前に源平が戦っていたわけです。我々が、信長のことを想像することと同じスケールで、戦国の人たちは清盛や頼朝のことを想像していたのです。そう考えると源平合戦はものすごく古い時代だったことを改めて感じずにはいられません。
源平合戦の何が面白いのか?
源平と戦国の最大の違いは粋があるところだと思います。戦国も面白いのですが、私利私欲にまみれているというか・・・そうした貪欲さが面白いという話もあるのですけど。私はそう感じます。実際は、戦国にも粋な人がたくさんいたのでしょうけどね。
さて、源平合戦の粋について。戦で名を名乗るところがいいですね。そんなことしているから元寇のときに痛い目にあって、止めちゃったんでしょうね。
歌を詠む人が多いことも特徴です。粋です。常に歌のことが頭になくては急には詠めないですよね。心持ちがいい時代だと感じます。
那須与一の「扇の的」の話も粋ですね。戦いの中でこんなことほんとにやっていたのか?と思いますが、名乗ってから戦う時代です。こんなことをしていたのでしょう。
超人的な話が多いのも特徴です。武蔵坊弁慶なんか人間とは思えない話が残りすぎです。釣鐘を担いで一の谷を駆け下りるって、なにそれ?ですね。
畠山重忠は「馬を損ねてはならじ」と馬を背負って一の谷の断崖を降りたという話もありますが、とんでもないヤツです。
また、日本が生んだ戦闘の天才源義経は外せません。逆落としや八艘飛びなどこれまた人間業とは思えません。
他にも親孝行の話があるかと思えば、あっさり殺す話があったり極端さも目を引きます。
分からないことが多いところがいい
源平合戦については、800年を遡るため分かっていないことやはっきりしないことが多いのがまたいいと私は思います。勝手な想像を巡らす巾が広いわけですからね。正解はあるはずですが、21世紀に生きている以上、正解は分からないままでしょう。
逆落としの場所すらはっきりしないのですからね。そもそも逆落としを本当にやってのけたんだろうか?と思ったりもします。馬で断崖絶壁を駆け下りることができるとは思えません。まあ、義経は天才ですから仕方ないです。義経に付いて行かされたあげく崖から降りて攻めかかれと命じられた天才ではない部下たちの話を聞いてみたいです。
源平合戦の欠点
文章が難しい
平家物語や吾妻鏡は文章が難しい。原文をすべて読んだわけではないですが、小説の引用を読んでも理解するためにかなり頭を使います。勝手な解釈ですが、戦国時代から400年も古いわけですから、我々が理解しやすい日本語ではないということにしています。
このサイトでは、できる限り理解しやすい文章を心がけます。本来あるべき趣旨が変えてしまったり、勝手な想像を織り込むこともありますが、小説でもそういうことをしているので、アマチュアの私ですから許されると思います。といっても、脱線はほどほどにするよう心がけます。
名前が難しい
平家と源氏の一族が多くて、出てくる名字がほとんど2種類というか、親兄弟から親戚まで同じ苗字がたくさんいて、ファーストネームで話をしないと誰が誰だか分からないというのが源平合戦の最大の欠点だと思います。勝手にあだ名を付けるわけにもいかないし、こればかりはなんともし難い。
そんなこんなで
まとめるということについては、いろいろ難しいところがありますが、源平合戦に関連した史跡を巡りつつ、勝手に想像をめぐらしてホームページにまとめます。
こんなサイトを作っていながら、私は、飛鳥も好きですし、維新も近代史も好きです。さらには、ローマ帝国やハプスブルク家やヴェネツィア共和国も三国志も隋唐演義も・・・並べたらきりがありません。
ラーメンも好きだし寿司も好きと同じ理論ですね。美味しいものはなんでも食べてみたいし、面白いものはなんでも知りたいだけです。面白い歴史は数限りなくあるわけですが、源平合戦が面白いことは事実です。
サイト管理者について
鵯越の断崖の下を走る電車によく乗っています。毎日、鵯越の断崖を見て、義経はすごいなあと思ってました。若いときは義経などのリーダーのすごさに感銘を受けていましたが、年を経るごとに部下の気持ちを想像したりするようになってきました。
付いて行かされた部下は悲惨だなあと同情したり、「鹿が降りれるのなら、馬も降りられる!」と義経に言い切られたときの部下の顔を見てみたいと思ったり・・・
それはさておき、源平の武者たちも鵯越に電車というものが走ることよりは、馬が駆け下ることの方がはるかに現実的だったことでしょう。
我々の時代も過去の人にとっては信じられない時代なんですよね。
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